クリムト《接吻》をみて
クリムト展に行ったので、昨年の秋、ウィーンに《接吻》を観に行った時のことを振り返ってみる。
念願のクリムト!
いくら画集をみても分からなかった質感がついに目の前に。想像していたよりもずっと厳かな煌めきだった。
この絵を初めて観たとき、幼心にどきどきしたのを覚えている。
女の人の恍惚とした表情をみて、これは大人な絵だ…と。今思うと初心で可愛らしいな。
君は未来の旦那さんとウィーンまでこの絵を見に行くのだよと教えてあげたい。
幸福と聞いてイメージする色は何色だろう。
人それぞれ、ピンクだったり、純白だったりするのかもしれないけど、この絵を見ると、金色のような気もしてくる。
2人だけの、眩いばかりの黄金の世界は、まさに幸福の絶頂を象徴するかのよう。
だけど2人の足元は、実は絶壁だったりして、愛の本質をよく表しているみたいだ。
帰り道、老舗カフェのゲルストナーで食べたクリムト・トルテ。クリムト作品を思わせる金色のチョコレートケーキ。
見た目だけじゃなく、味も素敵。
クリムト展 ウィーンと日本1900
今回は音声ガイドがおすすめ。
《女の三世代》の前で、マーラーのアダージェットが流れたのがすごく良かった。
人生の三世代は多くの画家が取り上げたテーマだけど、女性を描いたものは珍しいそうだ。
「自分には関心がない。それよりも、他人、女性に関心がある。」と語ったクリムトらしい。
最近、女性の生き方について考えさせられるニュースが多かったけど、この絵がとても綺麗で、少し救われるような気がした。
アダージェットを聴くと、生きる喜びというよりも、甘やかな死に沈んでいくようなイメージが湧くのは、映画「ヴェニスに死す」の美しいラストシーンが思い浮かぶからか。
ちなみに、マーラーはアダージェットを奥さんへのラブレターとして作曲したらしい。
ウィーン・モダン展の音声ガイドでは、クリムトが唯一、死の床に招いた女性《エミーリエ・フレーゲの肖像》の前でこの曲が流れていた。
他にも、《ベートーヴェン・フリーズ》の原寸大複製を観ながら、この作品のモチーフである第九の歓喜の歌が聴ける。お時間に余裕があれば是非。
ちなみに、今回、ミュージアムグッズもかなり充実している。
ベートーヴェンフリーズの悪徳三姉妹が出た。
一番狙ってたやつ〜!
ウィーン・モダン展
国立新美術館 ウィーン・モダン展に行ってきた。
今回のメインビジュアル、《エミーリエ・フレーゲの肖像》は、青紫の地に金の装飾が揺らめく肖像画。
個人的にこの色合いにはなんとなく、クリムト自身を連想してしまう。
展示ではエミーリエの視線の先辺りに、クリムトの青いスモックが展示されていたのだけど、
それを着たクリムトが彼女の隣に立てば、ちょうど《接吻》の2人みたいに、一揃いに見えるかしら、とか…
彼らの不思議な関係性を考えると、つい、色々な想像を巡らせたくなる。
クリムトの最期の言葉は「エミーリエを呼んでくれ」だったと言われている。
そのエピソードからも分かるように、生涯結婚こそしなかったものの、深い仲にあったと言われる2人。
エミーリエは、クリムトの死後、2人のやりとりの手紙をほとんど廃棄してしまったので、その詳しい関係については未だに謎も多い。
けれどそもそも、廃棄という手段に、他者の介入を拒むような壁を感じる気もして…
だから2人がお互いに抱いていた感情については、なるべく余計な憶測は控えて、ただ作品の美しさの中にだけ、その答えを探すべきなのかもしれない、とも思う。
因みに、音声ガイドではこの絵の前でマーラーのアダージェットが流れる。
実はこの曲は、奥さんへのラブレターとして作曲されたものらしい。クリムトの《エミーリエ・フレーゲの肖像》の前で流れるにはぴったりの曲だと思った。
速水御舟展
紫陽花が咲いているうちにと、山種美術館の速水御舟展に行ってきた。
速水御舟のどこが好きかといえば、まずはその名前から…というぐらいには、この画家が好きだ。
速水御舟は生涯に渡って、自分の絵に型ができることを恐れ、常に新しい挑戦を続けた。
その姿はまるで、流れに乗って進んでいく、美しい舟のようだ。新しい表現を求めて淀みなく進み続け、そしてあたかも先を急ぐかのように、御舟は、40歳の若さで亡くなってしまう。
初期から晩年にかけて流転する画風を見ていると、涼やかな名前と相まって、そんなイメージが思い浮かんだ。
作家は少なからず生まれた時代の影響を受けると思うのだけど、私は特にこの時代の日本画家が好きだ。彼らは、急速に西洋文化が普及した時代に、それに負けないような新しい日本画を作ろうと奮闘した。
西洋文化の流入によって日本画壇が一時、脈が切れたかのような大きな変革を迎えるなかで、御舟の日本画には、やはり古典の伝統的な美が脈々と通っているのを感じる。
写真の《翠苔緑芝》は、紫陽花と兎、琵琶と黒猫の斬新な組み合わせが印象的な作品。特に紫陽花は特殊な技法で描かれていて、不思議な味わいがある。
せっかくなので、訪れるなら、ぜひ紫陽花が美しく咲いているうちに。この作品をモチーフにした和菓子もあって、可愛らしく、おすすめです。
クリスチャン・ボルタンスキー展
国立新美術館のクリスチャン・ボルタンスキー展に行ってきた。
魂の重さは21グラムとか、死は青い光を放つ、とか…
死を研究した科学者は沢山いるけれど、果たして普通に生きていて、それについて深く考えるだろうか。
子どもの写真が多いからか、あるいは工作めいたモビールのせいか、ボルタンスキーの作品をみていると、まるで小さな子どもに「死ぬって何なの?どういうことなの?」って繰り返し、問いかけられているような感じがする。
その質問に答えることは難しいけれど、多分、作品が求めるものは答えではなく、一緒に考えることなんだろう。そうして、それならばと、自分自身に問いかけるなら…
私にとって、死を想起させるのは一本のペンだと思った。
17歳の夏、手術を間近に控えていた頃。
憂鬱な気持ちで日記を書きながら、ふと、私という持ち主が死んでも、手元のペンの存在はかけらも揺らがないことに気づいた。
そのとき急に、自分の存在が、一本のペンよりもはるかに脆く感じられて、驚いたことを覚えている。
私はペンに自分の不在を感じたけれど、ボルタンスキーにとって、それを思い起こさせるものは服なのだろうか。
展示に沢山の洋服を集めた作品があった。
持ち主を無くした服は、それでもなお、誰かの輪郭を感じさせて、かえってその不在を浮き彫りにするかのようだ。
ただ大量の服が積み重なっているだけなのに、まるで今はいない大勢の人達と対峙しているような、不思議な感覚を覚えた。
ボルタンスキーの展示は死を想起させるけれど、それは恐ろしいようでいて、いたずらに人を怖がらせるものではない気がする。
作品から感じることは人それぞれだろうけど…
私は、この人の作品から、死の恐怖というよりも、まだ自分が生きているということや、残された時間について、深く考えさせられるような気がした。
ジョゼフ・コーネル展 コラージュ・モンタージュ
千葉県佐倉市にあるDIC川村記念美術館のジョゼフ・コーネル展に行ってきた。
東京駅からの直通バスを使うと、行きも帰りも一本だけなので、半ば強制的に、自然の中でゆっくりすることになる。
いつも時間の隙間を縫うようにして美術館に行くので、こんな風にゆっくりと絵を見たのは久しぶりだった。
最後は時間を持て余して、常設のロスコ・ルームに行き着いたのだけど、これが思いがけず、面白い体験になった。
ロスコ・ルームは小さな展示室いっぱいに、マーク・ロスコの赤い絵が7点かけられている。
帰りのバスまでの間、この部屋のソファでぼうっとしていたのだけど、ふと俯いたとき、靴がぼんやりと赤く光っていることに気づいた。
照明の色は白なのに、不思議なことだ。
しかし見間違いかと思って、指先を見てみても、やはり薄赤く光っているように見える。
そうして、暫くしてようやく、あぁこれは絵の赤色なんだと気がついた。
まるで花が香りを放つように、この絵もまた、静かに色を発散している。
絵から漂う色に自分が包まれていることに気づいたとき、あたかも作品の中に入り込んだかのような、不思議な感覚を覚えた。
抽象画というのはあまり得意ではないけれど、こういう体験をすると、普通の絵を見るより、よほど面白いのかもしれないと思う。
と、ここまできてジョゼフ・コーネル展について何も書いてないことに気づいた。でももう、終わってしまった展示なので少しだけ。
ジョゼフ・コーネルは、ニューヨークの古書店や雑貨店で見つけたお気に入りの品を、箱に収めた作品で知られている。
喫茶室に作品をモチーフにした水菓子があった。
繊細で美しく、冷ややかで、ほんの少し甘い。
コーネルの作品のイメージにぴったりだ。
沢山の箱が並んだ展示室は、幻想小説にでも出てきそうな秘密めいた雰囲気で面白かった。
松方コレクション展
上野 国立西洋美術館の松方コレクション展に行ってきた。
日本語で「かなしみ」は、美に通じる言葉だと、言っていたのは、誰だったろう。
今まで色々な睡蓮を見たけれど、こんなに悲しくて美しい、モネの睡蓮は初めて見た。
日本の人々のために、美術館をつくる。
松方コレクションはその目的のために、実業家の松方幸次郎が、私財を投げ打って蒐集した一大コレクション。
火災や戦争に巻き込まれ、作品は焼失、あるいは散逸し、一時、その夢は潰えたかのように思われた。
しかし戦後、フランスから一部の作品が返還され、ようやくコレクションは、国立西洋美術館という安住の地を見つける。
今回の展示では常設のものに加えて、ゴッホ、マティスなど国内外に散逸した作品が一堂に集められており、松方さんが目指した夢の美術館が、束の間、具現化されたかのようだった。
そんな数々の作品のなかで、今回、一番印象に残ったのが、モネの《睡蓮、柳の反映》。
これは、睡蓮の大作なのだけど、戦後の混乱の中、画面の上半分が大きく失われ、もはや作品とは呼べないようなものになってしまった。
実際、作品リストからは削除され、長い間忘れ去られていたらしい。
本来であれば、こんなに大きな睡蓮の絵、沢山の人に愛されて、松方さんの思った通りに、その素晴らしさを日本の人に伝えていたはずなのに…
失われた100年を思うと心が痛む。
展示は、一部の欠損もない綺麗な絵ばかりだったのに、それでも、ともすると泣きそうになるぐらい心が動かされたのは、唯一、この絵だけだった。
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松方さんは、日本の人々のため、そして日本の画学生のために、このコレクションを作った。